社会や環境に貢献し、イノベーションを生み出す。 「知的財産戦略」をテーマに、特許庁長官との意見交換会を実施
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左から特許庁長官の小野洋太氏、LIXIL 社長兼CEO 瀬戸欣哉、知的財産部門より常務役員 迎宇宙、
グローバルIP&ストラテジー統括部 リーダー 片岡将己
株式会社LIXIL(以下LIXIL)は、特許庁の小野洋太長官をはじめとした7名と、知的財産戦略をテーマにした意見交換会を実施しました。LIXILからは社長兼CEO 瀬戸欣哉を筆頭に、知的財産部門の迎宇宙、片岡将己がメインで参加。当日の様子をレポートします。
社会課題の解決がイノベーションにつながる
小野:特許庁は、「知財経営」、すなわち、知財で稼ぐ、知財で経営の質を高めることを柱の1つとして掲げています。経営に対して知財がどう役に立つのか。その形は企業ごとに千差万別ですが、大企業だけでなく、人材が少なく知財部などの専門部署を設けることが難しい中小企業やスタートアップの経営にも大きく貢献できるものと考えています。知財経営に先進的に取り組まれている企業の皆様の事例を学ばせていただき、広く横展開していきたいと考えています。
新規事業を始めたり新分野に進出したりする際に知財が役立つことはよく知られていますが、知財には会社全体の戦略や方向性を決める役割もあります。例えば今までアセットで利益を生んでいた会社が、アセットライトにする方向に舵を切ったとします。そこでアセットに代わって利益を生み出すのが、知財やDX、人材などの無形資産です。これら利益の源泉があれば、従来のアセットは小さくしてもいいわけで、実際にこのような戦略を立てている企業もあります。それ以外にもどのような知財の活用方法があるのか、ぜひ瀬戸社長のお話から学んでいきたいと思います。
瀬戸:LIXILのようなメーカーが抱える一番の課題は、どのような製品もいずれはコモディティ化が進んでしまうので、差別化が求められるということです。私たちはイノベーションが自律的に生まれる組織を目指しており、イノベーションを通じて社会や環境へのインパクト(良い影響)創出を目指しています。LIXILは差別化商品のラインナップ拡充を図っており、すでに新たなコア事業の芽として期待できるものも出てきています。将来に向けたイノベーションの創出に一段と力を入れ、高付加価値で差別化された、革新的な製品の投入、拡販を進めていきます。
瀬戸:変化するニーズを捉え、日々の暮らしの課題に対応した事例の一つとして、温かく濃密な泡で全身を包みこむことができる泡シャワー「KINUAMI」があげられます。「KINUAMI」はスイッチ一つで泡と湯を切り替えられる手軽さから、入浴介助が求められる在宅介護の現場など、幅広い層のニーズにも応える商品となりました。インクルーシブな視点が、新しい社会価値を生み出しました。
そして、昨年11月に発売した「bathtope」もその一つです。「bathtope」は、”お風呂はもっと、自由でいい。”をコンセプトに、暮らしを進化させる新時代の浴室空間として誕生しました。浴槽や空間を極限までシンプルにすることで浴室の可能性を解き放ち、取り外せる布製の浴槽(fabric bath)というアイデアにたどり着きました。使用しない時は簡単に折りたたんで収納できるため、スペースの有効活用や浴槽掃除の削減につながるほか、従来のFRP浴槽と比べて約26%の節水を実現。空間・時間の利用効率や環境配慮を意識した現代のユーザーニーズを叶えます。
また、環境課題の解決に向けた代表製品として循環型低炭素アルミ「PremiAL(プレミアル)」、循環型素材「レビア」などがあげられます。「PremiAL」シリーズは、アルミ製造時に大量の電力を消費する新地金に比べてCO₂排出量の少ないリサイクルアルミの使用比率を高めて商品化したもので、脱炭素・循環型社会の実現に大きく貢献します。「レビア」は、これまで培ってきた技術を駆使し、再資源化が困難だった廃プラスチックと廃木材を融合させた新たな素材で、現在は舗装材として展開しています。
官民連携を通じて、これらの製品を拡大し、環境課題の解決に貢献していきます。
知的財産戦略と標準化戦略により、長期的な「事業優位性」と「高収益性」を実現
片岡:LIXILは、長期にわたる事業優位性と高収益性を実現する競争力を維持するため、知的財産戦略を経営戦略の実行を支える重要な基盤の一つとして位置づけています。
知的財産部門では、「適切なリスクマネジメント」「差別化価値の保護」「知財インテリジェンスの活用」の観点から知財戦略を推進することで、持続的な競争力に貢献することをミッションに掲げています。具体的には、第三者の知的財産を尊重し、知的財産権による事業リスクを回避・防止する仕組みの構築と同時に、技術、デザイン、ブランドなどの競争力の源泉である差別化価値を当社の知的財産権として保護する知財権のポートフォリオを築き、長期にわたる事業優位性と高収益性を実現します。先ほどあがった「KINUAMI」「bathtope」「PremiAL」「レビア」などの差別化された製品も、創出された新たな価値を当社の知的財産として保護し、または他社の知的財産を適法に活用することで、実現できるわけです。
この三つの観点から各事業部門と立案した知財戦略を毎年、見直して実行するサイクルを回しています。ここで活用される知財インテリジェンスとは、各事業部門や研究開発部門からのニーズを受けて、競合の動向分析、特定技術の特許の状況、協業候補の洗い出し、技術転用による新規事業の探索などを目的とした情報分析を指します。これにより「差別化製品戦略」と「アセットライト戦略」に基づく事業戦略の実行を強化し、差別化価値の維持を持続可能にする知財戦略を実行していきます。
知財戦略を全事業部門と一緒に進めていくには、従業員の知的財産に対するリテラシーと理解を高めることが非常に重要なため、私たちは従業員の教育にも力を入れています。社内の研修体系を整備して、新入社員から事業責任者に至るまで、各レベルで関連の深い課題をピックアップして継続的な教育を実行しています。
迎:続いて標準化戦略についてご説明します。LIXILは、知的財産戦略と標準化戦略を一体的に進めております。差別化された価値については、知的財産権で保護する一方で、抗菌技術など社会的インパクトが期待される先進技術については、将来の普及の基盤となる市場ルールの形成を図るための標準化に取り組んでいます。
LIXILを「誇りの持てる会社」に
小野:複数の企業が合併して誕生したLIXILにおいて、瀬戸社長の描かれている戦略を従業員全員に理解してもらうことは大変だったと思います。そこにはどのような苦労があったのでしょうか?
瀬戸:LIXILは、色々な会社の総合体でした。従業員はさまざまなバックグラウンドを持ち、全社として一体感を持つのは簡単なことではありません。LIXILは、Purpose(存在意義)として「世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現」を掲げていますが、その実現に向けて、LIXILを「在籍していることが誇りに思える会社」にすることが大切だと考えています。単に市場シェアを狙うだけではなく、社会や環境に貢献する会社でありたい。
今後、日本の新設住宅着工件数は下がるでしょうし、金利が高止まりするとアメリカのように住宅不況が起こってくるでしょう。そのとき、アイデンティティが弱い会社は市場で勝つのが厳しくなります。これから勝つために1年、2年の短期的な視点ではなく、10年くらいの長期的な視点で見たときに、LIXILで働く従業員が会社に誇りを持てるようにする。それが私たちの最終形であるべきだと考えています。
持続可能な未来の暮らしを支えるイノベーションが自律的に生まれる組織を作るため、私たちはこれまでもD&Iの浸透に向けた施策を推し進めてきました。多岐にわたる顧客ニーズを真に理解できるような、さまざまな視点や価値観を持った従業員が、その能力を存分に発揮できる環境を整えることが何よりも重要です。人材育成への投資や多様で柔軟な働き方を推進し、LIXILの将来にとって不可欠なイノベーションを生む文化を構築していきます。