業界に先駆けたBIPVの研究開発と、脱炭素化に向け急ぐ社会実装 太陽光発電の技術が日本の未来を切り拓き、世界を変える

LIXIL Housing Technology 商品本部 技術研究所 主任研究員 石井 久史
株式会社LIXIL(以下LIXIL)は、太陽光発電の研究開発に関するストーリーを公開します。
LIXILは、事業プロセスにおける環境負荷低減に努めると同時に、環境に配慮した製品やサービスの提供を通じて2050年までにCO₂排出量実質ゼロを目指しています。さらに、LIXILの事業プロセスおよび製品やサービスにおける直接的な排出にとどまらず、住宅とビルなどの建物を含む社会全体におけるCO₂排出量の削減に貢献することが重要と捉えています。
その実現に向けてLIXILは、太陽光発電(PV)分野において、「建て得」サービスを始めとした住宅への普及や、工場建屋など自社施設の導入に積極的に取り組んでいるほか、さらなる可能性を求め先端技術の開発に挑戦しています。
建物の窓や壁面に太陽光発電設備を設置するBIPV※1。LIXILは業界に先駆けてBIPVの研究開発を行い、社会実装に向けた活動を本格的に行っています。2022年よりLIXILが検証を進め、いよいよ受注生産開始となる「PV(太陽光発電)ロールスクリーンシステム」は、室内側から簡単に設置できる世界初※2のロールスクリーン状の太陽光発電設備です。PVロールスクリーンシステムは、先進的かつ独創的な技術として、「令和6年度気候変動アクション環境大臣表彰」の大賞や、「2024年度グッドデザイン賞」を受賞するなど、社会から高い評価を得ています。今回は、LIXILの太陽光発電の研究開発について、LIXIL Housing Technology 商品本部 技術研究所 主任研究員 石井 久史に話を伺います。
※1BIPV:建材一体型太陽光発電(Building Integrated Photovoltaics)
※2 2025年5月2日時点、ステラアソシエ株式会社調べ。全世界の太陽光設備がある屋内遮光商品を対象に調査した結果。発電と直接給電機能があるロールスクリーン状太陽光発電設備として
BIPV分野における国内を代表する専門家の一人として、簡単に設置できるPVロールスクリーンシステムを開発
――LIXILが行っている太陽光発電への取り組みについて教えてください。
石井:皆さんが太陽光発電と聞いて想像するのは、いわゆる「野立て」と呼ばれる、野山などの広い敷地に設置するものや住宅の屋根に設置されているソーラーパネルのイメージが大きいかと思います。特に、野立てPVによる傾斜面部での開発行為は、風雨により地滑りやパネルの飛散などが発生し、社会問題化しました。そこで今、パネルの設置先として注目されているのが、強固で安定している建物の壁や窓です。これをBIPV(Building Integrated Photovoltaics)と呼びますが、まだまだ日本では普及に至っていません。BIPVを普及させるまでの前段階の製品として開発したのが「PV(太陽光発電)ロールスクリーンシステム」です。
――PVロールスクリーンシステムの特長はどのようなものでしょう?
石井:利点として新築、既築を問わず、屋内側から簡単に取り付けることができます。通常BIPVを設置するには電気工事が必要となりますが、この製品であれば工事不要で取り付けられます。ガラス面に直接PVセルを取り付けて発電する製品も過去にはありましたが、それでは外の景色がクリアに見えません。PVロールスクリーンは降ろした状態で日射光によるグレアを遮断しつつも、ある程度柔らかな光を導光し、同時に発電が行える点が特長です。単純にロールスクリーンによる効果に加えて、降ろすことでガラスとスクリーンの間に中空層ができるので、冬季に発生する足元への冷気を抑えられます。ボトムフレーム部にはノートパソコンの充電もできるUSB PDとポータブル電源(蓄電池)等への給電に便利なDCジャックを備えています。駆動装置のコンセントを蓄電池へ接続すれば、太陽光発電により蓄電池に蓄えた電力を使って本製品の駆動装置を直接動かせるので、自立運転が可能となり非常時にも役立ちます。
――太陽光パネルによる反射光の問題も、ロールスクリーンであれば発生しないのでしょうか?
石井:今回の製品は屋内側設置である点と、そもそもガラスは使用していないので、反射光の問題はほぼ発生しないと思われますが、スクリーン表面の樹脂には凹凸を設けて反射を抑える仕様になっています。また、この凹凸により太陽光を効率よく吸収することができます。
――石井さんは建築の外装を設計するファサード・エンジニアとしてキャリアをスタートさせたと伺いましたが、その経験がPVロールスクリーンシステムの誕生に反映されているのでしょうか?
石井:そうかもしれませんね。一般的にBIPVを実現するには、通常のガラスを太陽光発電のセル等を内蔵した強化合わせガラスに置き換える必要があります。当然、付帯工事も必要ですし、建物高さに応じて足場を組んだり、ゴンドラを用意したりする手間も費用も発生します。新築ビルよりも圧倒的に数が多い既築ビルすべてにBIPVの工事を行うのは、非常に手間がかかりますが、PVロールスクリーンシステムであれば、ワンタッチで屋内側から設置が可能です。BIPVが普及するまでの間に、皆さんに太陽光発電に慣れていただくための製品という位置づけで開発しました。
脱炭素化の実現に向け、急ぐPVの社会実装
――2050年のカーボンニュートラル達成のためにどのようなことをすべきか。石井さんの考えを教えてください。石井:国土面積あたりの太陽光導入容量を見ると、日本は主要国の中で最大級といえます。再生可能エネルギーの導入に対する国民の理解は進んでいるので、その意識をより拡充させていく必要があると考えています。
今年の2月18日に閣議決定された「第七次エネルギー基本計画」では、2040年までに全体での太陽光発電の割合を現状の9.8%から、23〜29%程度に引き上げることを目標としています。AIなどの新たなテクノロジーの出現で、膨大なデータを利活用することが想定され、その上で政府機関や企業などが、それらのデータを安全かつ効率的に管理・運用するために、データセンターの拡充が求められるこれからの時代には、よりたくさんの電力が必要となります。膨大な電力需要を支えるためには、脱炭素化を見据えつつ、再生可能エネルギーの拡充(多様性)が必要です。太陽光発電分野だけでも様々なPVセルテクノロジーが存在しており、技術革新が日々進んできています。
――太陽光発電分野で技術革新が進んでいるということですが、どんな技術があるのでしょうか?
石井:一例として挙げられるのは、ペロブスカイト太陽電池です。ペロブスカイト太陽電池は、日本発の技術であり、世界中で研究されています。ペロブスカイト太陽電池の原材料は日本国内、もしくは安全保障上の同盟国から調達可能で、国としても普及を促進しています。主原料のヨウ素は千葉県で採取できますし、鉛は日本の同盟国であるオーストラリアから輸入可能です。ペロブスカイト太陽電池とシリコンなどを掛け合わせたタンデム型太陽電池の研究も進んでいるので、今後は複合化が進んでいくかと思います。
日本人研究者が発明したペロブスカイト太陽電池ですが、近年は中国など諸外国の猛追により、日本のアドバンテージが薄れてきているのが現状です。そこで国は2兆円規模のグリーンイノベーション基金により、再生可能エネルギー分野の研究開発における支援を行っています。
――BIPVの普及に向けた活動の一環として、福岡県の宗像市とも実証実験を進めていますね。石井:「ゼロカーボンシティ」を宣言している宗像市がPVロールスクリーンに興味を持っていただき、ご連絡をいただいたのが最初のきっかけです。いろいろな自治体さんからお声掛けはいただいていますが、具体的に行動に移されたのは宗像市が最初です。災害時の避難場所でもある宗像市役所、東郷地区コミュニティ・センター、そして、若い世代の中学生にも太陽光発電を身近に感じてもらうため城山中学校の計3カ所にPVロールスクリーンを設置して、すでに連携協定も締結しています。
3.11のときには被災者の方が発電機の前に長蛇の列をつくっていましたが、災害などの非常時には公共の施設に多くの人々が集まります。普段は日射を遮るロールスクリーンとして使いながら、非常時には電気を供給する機器になる。日頃から使っている道具をそのまま非常時にも活用できる、これがポイントです。
――宗像市民の皆さんからはどのような反応がありましたか?
石井:やはり大きかったのは驚きの声ですね。ロールスクリーンが発電することに、驚かれる方が多いです。発電するだけでなく電力を直接取り出せる仕様も好評で、レジリエンス(困難な状況から回復する力)にもなりますし、カーボンニュートラルにつながる分かりやすさも含めてご好評いただいています。
1.4億平米に設置できるPVロールスクリーンのポテンシャル
――PVロールスクリーンの発電性能はどのくらいでしょうか?
石井:晴れの日も雨の日も曇りの日も含め、1ヶ月間実測した結果、南面に設置した定格出力96WのPVロールスクリーン1枚で平均150Wh/日の発電が可能です。スマートフォン1台をフル充電するのにだいたい15Wh必要なので、9台は充電可能です。
――石井さんはBIPVのガイドライン策定についても関わっていると伺いました。詳細を教えてください。
石井:正式名称は「壁面設置太陽光発電システム 設計・施工ガイドライン」です。BIPVの基本は、ビルの外壁やガラス窓に発電するPVモジュールを設置するわけですが、そのための拠り所となるガイドラインをつくらないと世の中には普及しません。そこで、「NEDOの委託事業でガイドライン策定分科会」の分科会長を務め、ガイドラインをまとめました。新技術分野であるBIPVを本格的に事業化するためには、国の政策として推進されることが望ましいと考えています。BIPVの概要を分かりやすく記したガイドラインがあることで皆さまの理解も進み、普及につながっていくでしょう。
――では、今後の研究の展望について教えてください。
石井:国は2030年までに、CO₂排出量を2013年度比で46%削減することを目標としています。そのためには今から約3億トンのCO₂を削減しなければなりません。そのうち、我々建設セクターでは、1.2億トンを削減する目標があります。PVロールスクリーンは1.4億平方メートル※に設置できるポテンシャルがあり、その半分に取り付けたとしても削減目標の12%のCO₂削減が見込めます。太陽光はどこにいても平等に与えられるエネルギーです。そのエネルギーをいかに建築物のファサードでコントロールしながら利活用していくのか、必要なときに取り入れて不要なときは弾く、そういったことが可能なファサードの実現に向けて、皆さんの役に立ちたいと思っています。
※NEDO委託事業 高性能高信頼性太陽光発電の発電コスト低減技術開発動向調査、2016年9月 写真左、令和6年度気候変動アクション環境大臣表彰の様子、右:2024年度グッドデザイン賞授賞式の様子
LIXILでは、「世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現」というパーパス(存在意義)の達成に向け、常に新しいことにチャレンジしています。これまでの枠にとらわれない斬新な発想、そしてさまざまなバックグラウンドを持つ従業員の多様な視点や協業者とのコラボレーションから生まれる新たな価値-このようなことを大切にし、イノベーションを創発していくことで暮らしの未来を創造していきます。
LIXILは今後も、私たちの行動指針LIXIL Behaviorsの一つにある「実験し、学ぶ」企業文化を醸成し、“やってみよう”と仲間が背中を押してくれる環境を整えてまいります。
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