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    “余白”が生むプロダクトの力。JIDAデザインミュージアムセレクション vol.27 記念セミナーレポート

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    1998年の発足以来、優れたデザインをアーカイブし続けてきた「JIDAデザインミュージアム」。2025年、第27回目のゴールドセレクションに輝いたのは、これまでの「お風呂」の概念を根底から覆すプロダクトでした。LIXILのシステムバスルーム「bathtope」。それは、使わない時は折りたためる布製の浴槽を備えた浴室です。なぜ、世界的メーカーのデザイナーたちは、スペックの追求ではなく、使い手に委ねる「余白」をデザインに込めたのか? キヤノン、ホンダのインハウスデザイナーを交えた、熱気あふれる対談の様子をお届けします。                    

    従来の入浴体験を根本から見直す
    浅香(JIDA):bathtopeという製品は日常の風景を変える可能性がある一方、「果たしてこれを許容できるユーザーがどこまでいるのか?」という点で、僕らのセレクション事業内の議論でも賛否両論に分かれました。このデザインにたどり着くまでにLIXIL社内でどういった議論があったのでしょうか?

    長瀬(LIXIL):bathtopeは本当に実験的なプロダクトで、いろいろな試行錯誤を経て製品化しました。シャワー浴をする人口が増えているというライフスタイルの変化があり、環境意識から水を大切にする機運が高まる中、新しいバスルームの形を構想して開発しました。従来のバスルームは、入浴時以外は「何にも使えない場所」になっています。その空間をバスルームと定義づけている最大の要因は、浴槽の存在でした。「使わないときだけ、浴槽をサッと片付けられるようにすればいい」。そんな発想から、軽くて折りたためる布製の浴槽が生まれました。

    従来の硬い浴槽だと身体と浴槽が点で接しますが、ファブリックバスは身体と面で接することになります。浮力の効果を最大限に得られ、包み込まれるような感覚になるため、開発時の体験会では「硬い浴槽よりも気持ちがいい」という声を非常に多くいただきました。デザイン起点で生まれたアイデアでしたが、プロトタイプを制作し、複数回のプレゼンや体験会を重ねて実現にこぎつけました。

    浅香:言葉で説明しなくても、ビジュアルだけで説得力がありますね。

    長瀬:ビジュアルのインパクトは譲れませんでした。ただ、大きな市場が見込める確証がないプロダクトに対して、5色ものカラーバリエーションを展開することについては、社内でも抵抗がありました。そこで、1色展開よりも5色展開をしたときに得られるプロモーション効果、要は製品自体が広告になってくれるというメリットを説明しました。デザイン起点の製品なので、世界観やブランドを大切に一つひとつ積み上げていきました。


    浅香:最近「風呂キャンセル界隈」という言葉が流行っていますが、僕の子どももお風呂が嫌いなんですよ。bathtopeがあれば子どもの入浴体験も変わって、お風呂に進んで入ったかもしれない。保守的な入浴のあり方を変えるような製品だと感じました。

    長瀬:ある程度不完全な製品でも、世の中に出すことで得られる反応があります。それらを汲み上げて最終的な形にすればいいわけで、bathtopeはある意味実験的な製品としてリリースしました。開発段階にテストマーケティングをするよりも、世の中に出してしまった方が多くのテストができると考えています。


    デザイナーの思想をデザインに落とし込む
    セミナー後半では、3名のゲストスピーカーによるクロストークが展開されました。会社も業種もプロダクトも異なるインハウスデザイナーたちが意見を交わします。

    髙野(キヤノン):先日、新宿のLIXILショールーム東京で、bathtopeを体験してきました。水がなくても浮遊感があって、「お湯があればもっと気持ちいいんだろうな」と思いながら10分くらい独り占めしてしまいました(笑)。ホンダさんのフリードにも試乗させてもらいましたが、内装のマテリアルにもこだわりを感じました。肘の当たる部分の革が柔らかくて、社内を見渡すと視野が開けていて非常に明るいと実感しました。

    佐川(ホンダ):車内のシートの足元が触れる部分は汚れがちなので、身体があまり触れない肩から上の部分を明るい色で統一しました。上半分が明るく見えるよう、窓も広くしてこだわりました。

    長瀬:bathtopeの浴槽素材は当初、トラックの荷台などに使われる工業用の防水シートを採用しましたが、生地の硬さや肌への張り付きが課題でした。そこで、高級なフェイクレザーにも用いられる滑らかなウレタンフィルムと、PET繊維を多層構造(マルチレイヤー)で重ね合わせる手法を採用。これにより、確かな強度としなやかで上質な肌触りを両立させています。

    左から長瀬、佐川、髙野

    浅香:皆さんはインハウスのデザイナーですが、社内上流から降りてきた新製品の企画やアイデアについて、いまいち納得がいかない場合はどのように対応しますか?

    長瀬:そこは喧々諤々の議論を重ねて、最終的に世の中のためになる方向に導くようにしています。デザイナーも自分の思い描く理想があるなら、ビジネスを理解し企画の上流へアプローチすることが必要だと考えています。言葉、文字、数字の会話の中に「これってこういうことだよね」というビジュアルを作り出しコンセプトへ導く感性が重要だと思います。          

    佐川:ホンダには創業者本田宗一郎の「まず自分のために働け」という言葉にもあるように、会社のためではなく自分のためにまずは働くという、基本的なものづくりに対しても人間中心の考えが根強く残っています。また、「世のため人のため、自分たちが何かできることはないか」という言葉も残しているように、デザイナーは外見だけを手がけるのではなく、人にとって良い製品とはどういうものかを考える土壌が根付いています。企画部から降りてきたアイデアであっても自分たちの感覚で解釈して形にする文化があります。

    髙野:キヤノンにも社内のメンバーが主体的に企画して、上層部にプレゼンを行って製品化した事例が複数あります。組織が大きいと分業化されがちですが、企画部門のアイデアをそのまま形にするだけでなく、我々が企画部門と協働してアイデアをブラッシュアップして製品化を進めることもあります。


    ユーザーとともに製品をつくり上げる“余白”を残す
    浅香:今後AIが進化して、売れ行きも含めた「正解のデザイン」を出せるようになってしまったら、デザイナーはどうすればいいのか? 皆さんはどのようにAIと向き合いますか?

    長瀬:今後は、AIが出す答えがひとつの「物差し」になると思います。重要なのは、その基準点に対してデザイナーがどう距離を測るか。つまり、AIの提示する正解に「ユニークな想像力をどれだけ上乗せするか」、あるいは「あえて何を引き算するか」を判断することではないでしょうか。また、AIの基準を疑い、そこから視点や枠組みを変える「リフレーミング」によって、いかに独自の価値を付加していくかが問われるはずです。

    浅香:AIをベースラインとして、そこから先、足し引きをしながらどう「独自の距離感」を作るかがデザイナーの領分になるということですね。

    長瀬:そうですね。課題に対して直球の正解を出し続けても、今の時代は面白くありません。あえて視点をずらしたり、前提を疑ったりするリフレーミングが不可欠だと思います。

    浅香:そのリフレームのコツや、長瀬さんが意識されていることはありますか?

    長瀬:僕が今重要だと感じているのは、プロダクトにおける「余白」をデザインすることです。作り手が100点の完成品を提示するのではなく、あえて80点の状態で世に出し、残りの20点をユーザーの想像力や使い方に委ねる。
    「bathtope」もそうですが、あえて機能を絞り込み、使い方を限定しない引き算をすることで、手にした人がSNSなどで新しい魅力を発見し、製品の価値が後から膨らんでいく。そんな「ユーザーと共に完成させる余白」こそが、AIには出せないリフレーミングの形だと思います。


    浅香:“余白”というキーワードについて、皆さんはどうお考えでしょうか?

    髙野:医療機器のデザインについては安全性や信頼感、さらに、空間の中でどう影を潜めるかという視点も必要です。そのバランス感覚、余白感は非常に大事だと思っていて、キヤノン製品全般を見るとあまり派手な主張はしていません。質実剛健でしっかりポイントがあって、優しさも感じさせて、高性能で信頼感のある印象を与えるような。そういったバランス感は意識しています。

    佐川:bathtopeのアトリエ的な使い方を見て思い出したのですが、以前、会社の同期の子どもにお風呂用のお絵かきセットをプレゼントしたことがあり、そうしたら子どもがぜんぜんお風呂から出なくなってしまったと、同期の奥さんに怒られたんですよ(笑)。bathtopeは一見、洗練されたデザインで住空間にも馴染んで、意識が高い人のものに思われがちだけど、実は気軽に遊べる余白があると感じました。

    長瀬:住宅設備の歴史を振り返ると、かつてトイレは「不浄の場」として家の隅に追いやられていました。しかし、インフラの整備や技術・デザインの進化を経て、今では開放的な住まいにおける「癒しのプライベート空間」へと変化しています。キッチンも同様です。かつては「台所」という閉ざされた個室で一人作業をする場所でしたが、リビングキッチンへと変化し「家族団らんの中心」へと役割を大きく変えてきました。しかし浴室は保温性能、施工性、安全性など多くのアップデートはあるもののその場所としての使われ方に変化輪ありません。そこに可能性を感じています。

    髙野:僕は去年の夏、浴槽には入らずシャワー浴だけで済ませましたが、初めてbathtopeのデザインを見たときに「これが日本で生まれてよかったな」と思いました。折り紙のような日本的な美意識のある製品だと思って感動しました。

    長瀬:グローバル化の流れに沿ってシャワー浴が今以上に増えたとしても、日本人はお湯に浸かることが好きなので、湯に浸かるという行為自体は残そうと考えました。大切にしているのは、人々の習慣に寄り添いながら、環境とも調和した製品をどうやって生み出すか。「毎日の義務」になりがちな入浴というスタイルを、「快適な新しい形」へとアップデートできれば、自ずと人々の行動にも変化が表れます。そうして生まれた新しい文化を、世界中の暮らしへと届けていくことが私たちの願いです。
         

    「JIDAデザインミュージアムセレクション vol.27 記念セミナー」
    2026年1月26日開催

    ■ゲストスピーカー
    ・キヤノン株式会社 総合デザインセンター 室長
     髙野 盛司郎氏

    ・株式会社本田技術研究所 デザインセンター e-モビリティデザイン開発室
     佐川 正浩氏

     ・株式会社LIXIL Water Technology Japan 浴室事業部 デザイングループリーダー 
     長瀬 徳彦 

    ■モデレーター
    ・ JIDAミュージアム委員会 副委員長
     浅香 秋也氏


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