時を超える美、百年前のスクラッチタイルやテラコッタを再現 LIXILやきもの技術が息づく、常滑市役所新庁舎の温故知新の壁
(写真)スクラッチタイルとテラコッタが採用された常滑市役所新庁舎 2階 正面玄関
建築家の夢を形に、培ってきたやきもの技術を現在まで受け継ぐ
水まわり・タイル事業が100周年を迎える株式会社LIXIL(以下、LIXIL)は、当社のやきもの技術を活かした施工事例紹介の第二弾として、100年前のスクラッチタイルやテラコッタを再現した常滑市役所新庁舎の事例を紹介します。
また今回は、創業当初から現在に至るまで、建築家のニーズに寄り添い建築技術の向上に向け培ってきたやきもの技術の変遷や、そこから誕生した建築物の事例とともに振り返ります。
■常滑焼の歴史をつなぐ市民制作タイルを常滑市役所新庁舎へ
常滑市は、日本六古窯のひとつで、千年ものやきものの歴史を持ちます。2021年3月に竣工した常滑市役所の新庁舎は、災害時に復旧復興の拠点として機能し、常滑焼の歴史をつなぐ地域の景観と調和するデザインとなっています。
LIXILは、新庁舎の2階エントランスへの動線となる歩行者デッキの壁面に、100年前帝国ホテル2代目本館(ライト館)にも使用された、表面に節目をたてたスダレ煉瓦スクラッチタイル、装飾用の建築陶器であるテラコッタで照明塔などを制作しました。スクラッチタイルは、市民参加で製作するという常滑市の企画に協力しお手伝いをしました。市民約1,600人が参加したワークショップでは、参加者は招き猫ややきもの、飛行機、家紋などのモチーフを、釘などを使ってスクラッチし描き、さまざまな思いや記憶をタイルに刻み、建物ができた今でも愛着を持っていただくことができました。また、3階には建物のトレードマークとなる円形議場の壁のスクラッチタイルと壁面を演出する帝国ホテル「ライト館」内観の照明のために制作された常滑産のテラコッタなどを使用しています。
■フランク・ロイド・ライトとスクラッチタイル
明治元(1868)年の明治維新以降、日本は国際社会に対等な国として認められることを目指し、「文明開化」のスローガンのもと、積極的に西洋化政策を推し進めました。東京をはじめとする主要都市は、都市基盤を整備し、外国人建築家の設計による石や煉瓦造りの西洋式の建物をつくるなど、西洋文化を採り入れて急速に様変わりしていきます。そしてそのような近代化を支えたのが、煉瓦、タイル、テラコッタおよび土管といった、土でつくられたやきものでした。
日本の近代化の過渡期において、伊奈製陶を設立した一人である伊奈長三郎(幼名:長太郎)は、日本の職人技と大量生産のための機械を組み合わせ、新しい日本の暮らしを支える製品をつくり、日本のやきもの産業発展の立役者として重要な役割を果たしました。
明治の開国とともに、徐々に海外からの来訪者が増えていくなか、帝国ホテルは明治23(1890)年、外国人客が快適に過ごせる宿泊施設として設立されました。その後日本の近代化が進み、1900年代初頭にかけて外国人訪日客がますます増えると、より多くの客を受け入れるため、帝国ホテルは大正5(1916)年にアメリカ人建築家フランク・ロイド・ライトに、帝国ホテル2代目の本館(ライト館)の設計を依頼しました。
帝国ホテルの設計にあたり、ライトは日本の近代化と、西洋と東洋の異文化の交流を象徴する斬新なデザインを用いました。また、当時典型的な西洋建築に用いられていた赤煉瓦を使わず、表面にスクラッチ加工を施した黄色い煉瓦※(スダレ煉瓦)やテラコッタ、大谷石を用いることにより、日本の風土や日本人の感覚に合う温かみのある自然な色調に仕上げました。ライトの帝国ホテル「ライト館」は、近代日本を象徴する建築物となりました。その意匠を用いたスクラッチタイルは人気を博し、日本の風土に合った外装建材の工業化の発端となりました。
※愛知県知多半島南部でとれる内海粘土。ライトが目指した黄色に焼き上がるのが特徴
(写真左)復元した「光の籠柱」(2007年 INAXライブミュージアム企画展「水と風と光のタイル ―F.L.ライトがつくった土のデザイン」展示)
(写真右)帝国ホテル煉瓦製作所で、スダレ煉瓦をつくる様子
帝国ホテル「ライト館」の壁に用いた、当時としては珍しい黄色いスダレ煉瓦は、やきものの街として知られる愛知県常滑市に設立されたホテル直営工場「帝国ホテル煉瓦製作所」でつくられました。当時はまだ手工業から機械化による大量生産への過渡期でしたが、技術指導として迎えられた伊奈初之烝と長太郎親子の尽力と、職人たちの試行錯誤により、ライトの要望に応えた煉瓦400万個と、数万個もの繊細な形をしたテラコッタが完成しました。
そして伊奈親子は、帝国ホテル「ライト館」の竣工とともに、役割を終えた「帝国ホテル煉瓦製作所」の設備と職人を、匿名組合伊奈製陶所に引き継ぎ、3年後の1924年に株式会社化しました。
■湿式タイルの押出成形技術の確立と、今日まで受け継ぐものづくりの精神 常滑は古くから土管の生産地であり、常滑の陶工や技術者によって土管機の押出成形技術が発展してきました。その高度な技術が湿式成形での薄いタイルづくりに継承され、仕上がりの美しさと量産も可能ということから、現在の外装タイルにつながっています。 湿式無釉外装タイルは、常滑地区の場合大正13(1924)年以前にすでに土管機による機械成形で生産していました。帝国ホテル直営工場では、大正7(1918)年に伊奈長太郎の尽力により、土管機を用いた穴抜け煉瓦製造に成功しました。その技術の延長として、湿式無釉タイルの成形も土管機でできるようになり、全国に広く普及することになりました。 |
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土管は、江戸時代に今の常滑市で生産が始まり、明治時代は都市の近代化に貢献しました。文明開花と新規建設の機運に満ちた明治時代の鉄道網の発展に伴い、各地の灌漑(かんがい)用水は暗渠化が求められ、都市の発達に下水道の整備が重要な課題となり、品質の高い土管をいち早く大量に生産したのが常滑でした。大正2(1913)年には、伊奈初之烝がプロペラ式土管製造機を改良したロール式土管製造機を発明し「伊奈式土管機」として特許を受けたが、常滑の陶菅づくりに役立つならと惜し気もなく公開したと伝えられています。
LIXILは、先人のクラフトマンシップを今に語り継ぎ、街の景観や人々の暮らしを豊かにしたいという信念のもと、ものづくりを続けています。設立期より建築や専門家と手を携え、やきものの洗練された美しさと機能性の追求をしてきました。
関東大震災にも耐えたといわれる帝国ホテル「ライト館」の新しい建築構造は、震災の災禍からの力強い復興の象徴となりました。震災後、日本における鉄筋コンクリート造建築と、タイルやテラコッタなどの建築陶器による装飾は時代のさきがけとなり、百貨店、銀行、官庁などに使われ、多くの近代建築が築かれました。LIXILは、外装をタイルで覆う建築の先駆けでもある帝国ホテルの建築陶器製造で培ったやきもの技術を受け継ぎ、現在に至ります。
ここでいくつか外装タイルの施工事例を紹介します。
<事例紹介> ・プレミアホテル門司港(旧門司港ホテル) (竣工:1998年) 門司は、九州の最北端に位置し、明治から昭和初期にかけて、九州の鉄道の起点として、また、大陸貿易の拠点として産業、経済、文化の発展した街です。LIXILは、プレミアホテル門司港(旧門司港ホテル)のクラブラウンジの内装タイル材の制作協力しました。歴史的なタイルで「いかに現代の空間をつくるか」という建築家のご要望にお応えし、単色のタイルが採用されています。単色でありながらも、タイルの特長を活かし、かつ現代的な雰囲気を出すために、タイルの張りパターン・目地幅などが工夫されています。クラシックと新しさを併せ持つ門司港独特の雰囲気が感じられる空間に仕上がっています。 |
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・日本工業倶楽部会館(竣工:2003年) 大正9(1920)年に竣工した日本工業倶楽部会館は、長く東京駅、東京中央郵便局などとともに東京駅広場の景観形成の一翼を担ってきた歴史的建築物です。LIXILは、躯体更新部の外壁タイル・テラコッタの再現に協力しています。 大正期に焼かれたオリジナルのタイル・テラコッタは形状精度が低いうえ、多孔質なせっ器であるため、現代のものと比較して性能は劣る一方、色幅があり表情が豊かです。再現にあたっては、現代の技術でいかに高い性能を確保しながら、どこまでオリジナルの風合いを再現できるかがポイントとなりました。保存材の組成、製法を明らかにした上で、性能的には吸水率を少なくしながらオリジナルに近い質感と色幅をだすために、モックアップによる比較検討を繰り返しました。 |
(写真)日本工業倶楽部会館の外観 |
・高崎芸術劇場(竣工:2019年) ※詳細はこちら
「音楽のある街 高崎」。高崎芸術劇場は、大劇場、音楽ホール、スタジオシアターの3つの主要なホールと、プロから市民の方々までさまざまな形で利用できるスタジオ群で構成されています。特に、大劇場の内部は高揚感を高める赤色で統一し、その外側となる壁の色彩も連動させて、高さ14m、総間口60mにおよぶ栗梅色のテラコッタタイルの大壁面を作られています。栗梅とは「栗色の梅染」が略されたもので、江戸時代から使われていた色彩です。この高崎の伝統的な草木染を由来とする栗梅の色彩は、時代に左右されない普遍性も感じられ、文化芸術の殿堂にふさわしいということで、テラコッタタイルで再現されています。テラコッタタイルの壁面は高さがあるので、3つの面に区切られているようにずらして貼るなど、タイルの存在感を出しつつ、単調さを防ぐ工夫がされています。
たテラコッタタイルは異なる3種類の波打つ形状の曲面タイルで構成されています。曲面の角度は何度も検討し、試作を繰り返し、曲面だからこそ単色ではない本物としての味わい深さを表現しました。
さらに、タイルに艶を持たせることで光の反射効果が加わり、優雅さが生まれました。オペラカーテンのひだのようで、非日常の世界への期待感を高める効果があります。
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(写真)高崎芸術劇場のテラコッタタイルの大壁面
・京都市京セラ美術館(竣工:2019年) ※詳細はこちら
京都市京セラ美術館は日本最古の公立美術館建築です。美術館のいきいきとした姿を後世に残しながら現代のニーズに応える「保存と活用」をどのようになすべきかが課題となりました。京都市美術館の本館は前田健二郎の設計によって1933年に開館して以来、多くの来訪者を魅了し、文化的な中心地として役割を果たしてきましたが、築後80年あまりを経て各所で老朽化が進行していました。そこで西側広場をスロープ状に掘り下げ、かつて下足室だった地下室を新たにエントランスにすること、そこから東側の日本庭園へ抜ける貫通動線をつくることを骨格とし、展示・収蔵施設の増築、本館のバリアフリー化、中庭の再生、タイル補修など全面的な修繕と改修が行われました。既存の内外装タイルの焼きムラやわずかに不揃いな質感が美術館の長い歴史を伝える表情となっていました。その空間の雰囲気を消さないため、機能的に補修が必要な最小限の箇所を目立たないように再製作したタイルで置き換えられました。
(写真)京都市京セラ美術館のエントランスと、壁面タイルのディティール
■プロユーザーさま向け施設・ツールのご紹介
・INAXタイルコンサルティングルーム
プロフェッショナルなお客さま向けに、標準品タイルやINAXタイルのやきもの技術を駆使した特注品タイルのサンプルを実際に手に取ってご覧いただける「タイルコンサルティングルーム」を設けております。本レターで紹介の事例も一部展示しています。
皆さまからの特注品タイルに関するご相談やご要望について、INAXタイルの熟練した技術を活かしたカスタマイズのご提案を、コンサルティングを通じて個別に承ります。
https://www.biz-lixil.com/tile_consultingroom/
・設計者・デザイナーのための次世代タイル研究所「DESIGNER’s TILE LAB」
「DTL -DESIGNER’s TILE LAB-」は、タイルが持つ可能性を伝えながら、設計者やデザイナー向けにタイルの使い方やコンセプトを提案し、INAXブランドのタイルの「いま」を紹介するWebサイトです。カタログ紙面で伝えきれない豊富な施工例やタイルの視覚的なイメージを、Webならではの表現手法を用いて、その魅力を伝えます。また、商品情報だけでなく、イベント情報・レポート、施工事例などを検索することも可能です。
https://www.lixil.co.jp/lineup/tile/designers_tile_lab/
・ご案内:INAXライブミュージアム 企画展「帝国ホテル煉瓦製作所 ーフランク・ロイド・ライトのデザインに挑んだ常滑の職人ー」
帝国ホテル2代目本館(ライト館)竣工から100年。
建築家フランク・ロイド・ライトのデザインに挑んだ常滑の職人とその技に光を当ててご紹介します。
会期:2024年5月14日(火) まで会期延長
会場:INAXライブミュージアム「窯のある広場・資料館」2階
所在地:愛知県常滑市奥栄町1-130 tel:0569-34-8282
営業時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休廊日:水曜日(祝日の場合は開館)、年末年始
入館料: 一般700円、高・大学生500円、小・中学生250円(税込、ライブミュージアム内共通)
※その他、各種割引あり
web:https://livingculture.lixil.com/ilm/
■LIXILの水まわり・タイル事業100周年について
2024年、LIXILの水まわり・タイル事業は今年で100周年を迎えます。1924年にINAXの前身となる伊奈製陶を設立以来、新たな暮らしの価値を追求し続け、数々のイノベーションを創出してきました。
社会環境やニーズが大きく変化する今、そしてこれからの時代に向けて、これまで100年に渡り培ってきた革新的な技術と知見を礎に、お客さまの暮らしの中にある何気ない日々の幸せのために挑戦し続けていきます。
https://www.lixil.co.jp/lineup/s/water_tile_100th/